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長年生きていますがどういう意味かわかりませんでした。
勉強は元々嫌いだし、ましてことわざは弘法も筆の誤りていどしか知りません。
それでも最近はなぜ?と思うことが時々あり、結構世の中には知らないことが沢山ありますね。
さて、「人間至る所青山あり」
その意味は、
「故郷ばかりが骨を埋めるべき土地ではない。大志を抱いて、郷里を出て大いに活動すべきである。」
青山とは骨を埋める場所だそうです。
ナルホドその通りですね。
若いとき程の大志は抱けないけど、ちょこっと大志を抱いてみましょうか。
今年もよろしくお願いします
半年ぶりの書き込みです。
書き込む話題が無くて......(-_-;)
と、パソコンに向かいながらテレビを見てたら鳥取で大雪の話題が流れてました。
それで思い出したことがひとつありました!
学生時代のことです。
真冬に2両編成のディーゼル電車(当時は国鉄)に乗って旅行していたら、なんと電車がレールに積もった雪で止まってしまいました。
その電車に乗っていたのは、運転手さん、車掌さん、と乗客の私、合計3人。
少し前の駅で何人か降りたのですが乗客ひとりとは思ってませんでした。
車掌さんは近くの電柱に登って電話をかけます。
運転手さんはスコップで電車の下の雪を掻き出しています。
「お手伝いします」と大変そうな運転手さんに話しかけたら、運転手さん「大丈夫です。電車の中でお待ちください」と一所懸命スコップで雪かきしてます。
どのくらい待ったか覚えていませんが、積雪がすごくてこれ以上前へすすめないので、ひとつ前の駅まで戻りますとのこと。
駅に車があるので3つ位先の駅で待っている電車まで車で送ります、といわれました。
タクシーで除雪した道路を3つ先の駅まで送っていただきました。
旅は無事続けることができました。
道路は頻繁に除雪するけど線路は電車の勢いで除雪なので積もりすぎると電車が動けなくなるのですね。
今は廃線となった路線での懐かしい思い出でした。
朝5時半に平等寺へ行くと韓国ソウルからきたキムさんと出会いました。
6月1日から自転車で八十八ヶ所をおへんろしている途中でした。
今回は22番平等寺までで終了。
「山茶花」で朝ごはんを食べた後、08:20宿を出発。
JR新野駅まで20分ほど歩きながら、今日は時間があるので鳴門のうずしおを観光して帰ろうと息子と話していると新野駅に着いた。
駅の時刻表を見ると次の電車は09:22発。
その前は07:40発だったのでこの列車に乗るには宿を7時頃には出発しなければならなかった。
徳島まで1時間半ほどかかるので、鳴門のうずしお観光していると我が家到着は夜中になってしまう。
残念だが今回はうずしお観光をあきらめることにした。
10:40 徳島駅にようやく到着。
あらためて歩いた距離の長さに気づいた。
徳島では11時ちょうどの大阪行きバスに飛び乗り、鳴門では車窓から少しうずしおを見ることができた。
今回は息子との二人旅だったので、息子はあにまるっの歩きにあわせてくれて歩いてくれたようだ。
外回りの仕事に変わって丸2年でさぞかし足腰が鍛えられたかと思っていたが、それ以上に年齢による衰えがまさっていたようだ。
次回、息子がついてくるかどうかわからないが、息子がこなくても続きをあるき遍路しよう。
いつかわからないけど
つづく
あるき遍路3日目
今回の予定は今日までなので高知県どころか徳島県最後のお寺までも届かない。
でもこんなお遍路をひとりくらいしていてもいいだろう。
「金子や」の朝食は6時半で、食堂ではすでにお遍路姿のご夫婦がおり、年配の方が元気いっぱいだ。
民宿の朝ごはんを食べ終わり、昨日宿にはいった時にお願いしておいたおにぎりを受け取って部屋に戻ろうとしたときには、遍路姿のご夫婦が宿の玄関を出発しようとしていた。
昨日20番鶴林寺まで歩いているので、宿のご主人にタクシーを手配していただいて20番鶴林寺までタクシーで移動することにした。
タクシーで移動中の山の中で金子やに宿泊していた男性2人の後姿を見かけた。
今日のあるき遍路は、20番鶴林寺から21番太龍寺までは、山を下って、大きな川を渡ったあと、また山を登ることになる。
20番鶴林寺の駐車場でタクシーを降りたあと、鶴林寺の門をくぐり、本堂へ登る階段まできたところで左へ折れて山を下る。
今日も天気が良くて雨の心配は必要ないが、夏日になるとの予報で日差しが気になる。
この下り道は、標高があり、さらに林の中なので日差しが届かず過ごしやすい。
しかし、調子いまいちなあにまるっのひざにはつらい下り道だ。
遍路みちには道案内のマークほかいろいろなものがある。
よく見かけるのがガードレールや電信柱に貼った矢印つきのシールであるが、シール以外にも元気づけられたり、納得したり、そーだそーだと思うものをたくさん見かける。
そのひとつがこれ
誰がいつ取り付けたかわからないが、歩きながらそーだそーだと納得しながらうなづいてしまった。
これ以外にも
ほんとうに感謝感謝で歩かせてもらっているね。
次回はこのような札もたくさん写真して紹介することにしましょう。
(写真の香川県のあとは個人の名前のようなので、こちらで加工させていただきました)
さて、山をどんどん下っていくと元学校の裏手にたどり着く。
09:10 久々の舗装道路の先には大きな川があり、橋を渡って向こう岸に渡ります。
ちなみに「金子や」の前を通り過ぎると次の自動販売機は20番鶴林寺を過ぎてこの橋のたもとまでひとつもありません。
20番鶴林寺に自動販売機はありませんので、お茶などは登る前に用意しておきましょう。
ちなみに20番鶴林寺納経所前には水道がありますので、万一飲み水がないときはここで補給しておくと良いでしょう。
橋を渡ってここから21番太龍寺まではひたすら昇り道。
橋を渡って30分ほど歩くと、川のせせらぎがだんだん近くなって遍路道の途中のきれいな川沿いの林の中に休憩場所があり、冷たい川の水で顔を洗うととても気持ちよい。
この登り道思ったよりきつくて一歩一歩しか足が進まない。
階段になったところもあるがお年寄りが一段ずつ階段をあがるのと同じように一段ずつ登る。
焼山寺に較べるとそれほどではないが、それでもしんどい山道である。
21番太龍寺はロープウェーで手軽に昇ることができるが、あるき遍路では裏手からのぼるので登る途中でロープウェーを目にすることはなかった。
10:30 橋を渡ってから約1時間半の山道を登ると21番太龍寺に着く。
納経所の右隣にある廊下の天井に大きな龍の絵が書いてあることから太龍寺と呼ばれているそうだ。
太龍寺は「西の高野山」といわれるお寺で、納経帳の朱書をお願いしたあと家族と自分のお守りを買った。
ここで金子やに宿泊していた男性二人と一緒になる。
ふたりはロープウェー沿いの下り道を降りて22番平等寺へ向かうとのこと。
このルートはやや遠回りなのであにまるっ、は以前の参拝道路に沿って22番へ向かうことにした。
この日の宿にこの二人も宿泊していたのだが、宿でこの道の様子を聞いたところ、ロープウェー沿いはすごい下り道で、おまけにめったに人が通らないへんろ道のようだったと言っていた。
11:30 21番太龍寺を出発
あるきやすい森の中の道を下るとトイレのある駐車場に出る。
ロープウェーができる前はここまで車で来て、ここから歩いてお寺に参拝したようだ。
ここから道が広くなるが、今度は日差しをさえぎる木々が少なくなって暑いくらいだ。
お昼ごはんにしようと思っても、せせらぎが聞こえる川まではやや距離があって、さらに休憩場所はない。
とうとう坂口屋まで降りてしまい、坂口屋向かいの自動販売機横の少ししか日陰がない場所でおにぎりをほおばる。
無性にコーヒーが飲みたくてこの自販機で2本缶コーヒーを買って飲んでしまった。
このルートは川まで下りと思っていたのだが、坂口屋から少しの間はゆるやかな登りになる。
車やダンプの通る道の端を歩くと田んぼが広がる中にお遍路さん休憩所があり椅子もあったが、日陰になるところがないので休憩をあきらめて先へ進むことにした。
大きな道に出たところにもお遍路さん休憩所があり、その脇を左折するとすぐに家の裏を通る遍路道になる。
ここから少し登り道となるが林の中で気持ちがいい。
14:00 ようやく峠にたどり着くと吹き抜ける風が心地よい。
小休憩していると22番平等寺まであと3kmの表示があった。
3km歩くと今回のあるきおへんろも終わりか、とあるきたいような帰りたいような複雑な気持ちになる。
あるき遍路は楽しい?つらい?
いったいどちらだろうか?
あにまるっ、は両方だと思う。
15:00 22番平等寺着
今回のあるき遍路最後のお寺に到着した。
鐘を撞いて本堂への階段を登ろうとした時、団体バスが到着してしまった。
30人ほどの団体客がいっせいに手を洗い、ろうそくとお線香をつけはじめると一般のお参りへんろは入る余地がなくなる。
あにまるっ、団体が般若心経を唱え終わるまで本堂の隅でウェイティング。
団体の参拝が終わったあと、般若心経を唱えた。
この平等寺の階段一段ずつに1円玉が置いてあったのだが、理由を聞くのを忘れてしまった。
若い男性が1円玉をひとつずつ置いていたのを目撃したのだが、何か唱えごとをしながら置いていたので理由を聞けなかった。
この日の宿はお寺のすぐお隣にある「山茶花」。
通された部屋はなんと20畳の宴会場で、息子と2人だけで占有できるとのこと。
広いのはいいけど広すぎだよ、と思いながらこんなところに泊まれるのもおへんろならではかな?とよい記念になりました。
